週刊トロ・ステーション最終回感想&考察(前編):驚きの超展開にどこいつの大事な要素を全部詰めこんだ、「トロステというものがたり」の幕引き。

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…というわけで、先週、衝撃の最終回を迎えました週刊トロ・ステーション。
先週のしんみりした卒業パーティーから、一転しての急展開。いやむしろ 超展開。
あまりといえばあまりのこと に、感情も考えもまとまらず、
書こうと思っていた最終回感想がだいぶ遅れてしまったのですが(笑)
とにもかくにもあの最終回の意味について、そしてトロステというものについて、
思ったことを、今! 書き残しておかねばと思いまして。
例によってつらつらと、考察めいたものを書き連ねてみた次第です。
それはおそらく、世界線を越えても変わらずに在る、トロとクロのものがたり。
(※以下、『週刊トロ・ステーション』最終回、および『トロともりもり』のネタバレを含みます)
■ええとまず、冒頭部分を見て最初に思ったのが 「どんなターミネーター!!?」 でしたが(笑)
前回までのしんみりムードはどこへやら、映画『ターミネーター』をはじめとするいろんなSF作品を思わせるような、今まで明かされなかった衝撃の真実(笑)が次々と明らかになる超展開。『まいにちいっしょ』終了時も、まさかの『男坂』パロディ をやらかしてきたトロステですから、正直この方向で来るかもなーと、ある程度予想はしてましたのですが、
まさかここまでやりたい放題な感じで来るとは。
いや本当に、予想のはるかナナメ上でした…(笑)
■しかしそんなぶっ飛んだ展開でも、大事な部分はハズしてなくて…
それは、出会いと別れであり。
大事な人への思いであり。
トロの、決して夢をあきらめない気持ちであり。
大筋はあんな超展開でも、どこいつの大事な要素が、全部ぜんぶ詰まっておりました。
桜の樹の下での、未来クロと現代トロの出会いのシーンでは、
思わずぼろぼろと泣いてしまったりして(´;ω;`)
ずるいなあ、もう、ずるいなあ… って。
笑って、泣いて、大きく心が揺さぶられる最終回でございました。

説明しよう!「トロステ・パワー」とは…
■さてしかし、果たしてこの最終回が「本当のこと」であるのかどうか。
どう考えてもトロステ的悪ふざけパロディにも思えるし、案外本当のことのようにも思えるし。
そのあたりは、どうとらえてもいいようになっていると思います。
現代のパートは未来のトロの夢として、未来のパートは現代のクロの夢として、
「どちらも夢オチ」とも思えるような構成になっていますし。
あるいは最後に流れるエンドロールからは、このお話がポケピ達によって「演じられた」もの、
最終回用の演劇めいたものであるような雰囲気も感じられます。
■そう思うと、この最終回だけでなく、『トロ・ステーション』それ自体が、ポケピたちが自分たちの日常を織り交ぜつつ、6年間「演じてきた」作品のようにも思えてきます。
これは個人的な感覚ですが、わたくしは前々から、トロステは『どこでもいっしょ』の正編というよりも、どこいつシリーズのいろんな要素と、ニュース用のネタ、ネット文化の小ネタなんかをどっちゃりと投げ込んだ、まさしく「ポケピ達のテレビ的な“お仕事”」だと感じておりました。
ぶっちゃけてしまいますれば、わたくしトロが「アホの子」扱いされたりバトルしたり、果ては「なんでやねん!」って感じでクロをどつくお約束的なツッコミ動作をすることにさえ違和感を覚える程度には初期トロをこよなく愛しておりますので、「別物としてとらえたい」気持ちが強かった ってのもあるんですがw
だから最終回もまた、ある意味とてもトロステらしい「お話」を用意して、
それをポケピ達が「演じた」のかなあと感じたのです。
すると今お部屋にいるトロは、トロステ撮影をクランクアップしたトロということに? なんて、
妄想を広げてみたりして(笑)
■ただ、振り返ってみれば、どこいつシリーズは一本のストーリーでつなぐことができる作品もありますが、基本的には、別々の世界の物語です。初代どこいつも、トロと休日も、私なえほんも、トロと流れ星も、トロといっぱいも、レッツ学校も。それぞれのトロやポケピ達がいて、それぞれの立場からプレイヤーは彼らに関わる。
トロステもまた、そういう「別々の物語のひとつ」であると考えれば、
案外、あれがトロステ的には「本当のこと」である可能性も出てくるわけですが(笑)
でも、それならそれで、いいのかなとも思います。
それがトロステの、あるいは「トロステというものがたり」の、醍醐味かなとも思ったので。

では、そうした「トロステのものがたり」の結末で、トロは本当に人間になれたのか…
なんと、後編に続いてしまいます。
お付き合いくださる方はもう少し、お付き合いくださりましたら幸いです。