週刊トロ・ステーション最終回感想&考察(後編):「トロは人間になれるのか?」は、もしかしたら今までもこれからも重要ではないのかもしれないという話
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トロステ最終回についての感想と考察、後編です。
トロステを通じて、クロの蝶ネクタイに蓄えられた不思議な力。
果たしてトロは、その力で本当に人間になれたのでしょうか?
(※以下、『週刊トロ・ステーション』最終回、および『トロともりもり』のネタバレを含みます)
■さて、実はトロステ最終回後に、駆け足で『トロともりもり』をやりまして。
下記は、それを踏まえた考察になります。
■最終回の終わりの方で、トロとクロが銭湯のお湯に浸かりながら、
こんな会話を交わすシーンがありました。

「なあトロ、後悔してないみャ?」
「後悔なんかしてないのニャ。今でもトロのユメは、立派な人間になることニャ」
クロが蝶ネクタイをしていないことから、おそらくは、
これは蝶ネクタイの力を使った後の場面なのでしょう。
しかしクロとのこのやりとりで、トロの姿は画面に映し出されません。
トロが本当に人間になれたかどうかは、わからないようになっているのです。
トロの言葉は、「人間になれたことを後悔なんてしていない。
これからも立派な人間になれるようがんばりたい」と言っているようにも聞こえるし。
「やっぱり人間にはなれなかったけど、自分の選択を後悔はしていない。
これからも人間になる夢は変わらない」と言っているようにも聞こえるし。
あるいは『トロともりもり』のエンディングがそうであったように、
その力をトロ自身が人間になるために使わなかったとしたら、
「別のことに力を使ったけど後悔はしていない。これからも人間になる夢は変わらない」と
言っているようにも聞こえます。
この点については、「迷子」を「おうち」に返すのに蝶ネクタイの力が必要だったらどうする? とクロがトロに聞く、伏線めいたシーンもありましたしね。
…ついでにもうひとつ、
「中途半端なネコ耳人間になってしまったから、これから完璧な人間になる方法を探したい!」
と言っているようにも聞こえますが、それはさておき(笑)
ここは本当にいろんな解釈が可能で、トロが人間になれたかどうかについても、
人それぞれ違う答えがあるのではないかと思います。
■けれど、『トロともりもり』をエンディングまでプレイしてから、もう一度トロステ最終回を見返した時に、もしかしたら、本当に大事なところはそこではないのかも、とも思えてきました。
思い浮かんだのは、「魔法の蝶ネクタイで人間になりたい」とトロが決意した時のことです。
この時、反対する人なんて誰もいませんでした。みんなが、トロを応援しました。
クロも、スズキも、リッキーも、ジュンも、ピエールも。
テレビさんと満月ちゃんは、人間になったら寒さに弱くなるから、
腹巻きやカイロを用意しなきゃって、慌てたりして。
みんなみんな、トロを応援して、人間になった後のことも、心配して…
■『トロともりもり』の最後で、トロはおもいで帳にお願いをしました。
これもまた、何を願ったのか、本当のところはわからないようになっています。
けれど、トロもりの最後でクロが戻ってきたこと、
トロステが終わりに向かう中でのみんなのこの反応、
そして、最終回の超展開なSF世界でも、トロの夢が叶ったかもしれない場面でも、
まさに「どこでも」トロとクロが、そしてみんながいっしょにいたことを思い返して…
なんとなく、わかるような気がしました。
そして、おもいで帳は確かに、トロの願いを叶えたのだとも思いました。
人間になれても、なれなくても。
そしてどんな時、どんな場所、どんな世界に居たとしても。
トロはもう決して、一人ぼっちにはならないでしょう。
置いてかにゃいでと、泣くことはないでしょう。
人間になれるか、なれないかではなく。
トロがこの先も決してひとりにならないことこそが、一番大事なことなのかもしれないと。
そんな風に思えてきたのです。

「だいじょうぶ、オレっちらは どこでも いっしょみャ」…
最終回に向かう中で、クロが何度か口にするこの台詞は、
そのことを示しているのではないかと感じました。
■少し話がそれますが、実のところ、クロに対してはやや複雑な思いがあります。
トロステでクロがとても重要な存在であったことは、言うまでもありません。
ニュースではトロの相方をつとめ、友達として、時には先生や保護者的な存在として、
トロを助けたり、絡んだり。
そして何より、トロステでも、またトロステと同じ世界である『トロともりもり』でも、トロの夢を叶える何かを携えてやってくるのは、いつもクロでした。
「おもいで帳」しかり、「魔法の蝶ネクタイ」しかり。
トロステの世界観(あるいは世界線?)において、トロを夢へと導く鍵としての役割を負っていたのは、クロでした。

そうして最終的にトロステは、「トロとクロのものがたり」として完結しました。
もちろん、トロステが6年半続く中で、トロとプレイヤー(あるいはプレイヤーとクロ)との関係がクローズアップされることはいくらでもありました。
しかし最終回にはプレイヤーのニャバターは一切登場せず、『どこでもいっしょ』シリーズの肝である(と、少なくともわたくしは思っている)「トロとプレイヤーのものがたり」について触れられることはまったくなく、トロとクロの絆を描いて終わりました。
それはわたくしにとっては、とても寂しいことでした。
あとから思い返してみれば、最終回のひとつ前の回が、実質的には「トロとプレイヤーのものがたり」の最終回だったんだろうなと気づいたのですが。
それでもやっぱり本当は、最終回でもトロとプレイヤーの絆をなにかしらの形で描いてほしかったという思いが強くあります。
でも、これで良かったんだろうなとも思っています。
ひとつのお話として納得できるところに着地させたのだろうということは、理解できましたし。
汚れ役を引き受けて、時にスタッフの都合で爆発させられたり(笑)してきたクロが、
最後にちゃんとねぎらわれた感じもしました。
■それはさておき。
トロステを通じて、トロ自身もまた、一歩前進した感じがありましたね。
トロステ終了が発表された3周年記念の回で、トロは、自分の夢を
「今まで取材で出会った人たちみたいな、立派な人間になりたい」と語って…
かつて、「そうニャ、にんげんになればもうすてられないニャ」と、
雨に打たれていた一人ぼっちのこねこ。
トロステを経ることで、もうトロの夢は、そんな悲しいこねこの面影を脱ぎ捨てて、
もっと前向きな形に生まれ変わったのだと感じました。
■では、この先トロの夢が叶うことはあるのでしょうか。
本当に人間になれるのでしょうか……?
それは多分、これからも分からないのだろうと思います。
本当に人間になれるかもしれないし、やっぱりなれないのかもしれない。
『どこでもいっしょ』の新作はこれからも出されるでありましょうが、
その答えが明らかな形として提示されることは、これからも無い気がいたします。
■けれど、トロがもしも本当に人間になれる時が来るとしたら。
その時、みんなからトロへの、そしてトロからみんなへの「ありがとう」の気持ちの力で、
トロが人間になれるのだとしたら。
そんなことがあるとしたら、それはなんと素敵な未来、素敵な可能性であることでしょう。
トロステは、トロとクロとで、そんな素敵なひとつの可能性を見せてくれた物語。
わたくしは、わたくしの「トロステというものがたり」を、
ひとまずそのように意味づけておこうと思います。

ふたりとも、ありがとう。
いつかまた、別の世界でも、別の物語でも、どこかで出会えますように。
そしてまた、いっしょにいられますように。